ヒロインの歴史(NPO設立までの道のり)
●1986年頃、岩手・雫石酪農組合婦人部がヨーロッパ研修旅行に出かける、という内容の新聞記事が載る。これに刺激を受けた福井県坂井郡のスカンポグループ(若妻の会:山崎洋子)が、1年かけてヨーロッパ研修旅行を企画。翌1987年に渡欧。
●山崎洋子が、この1年間の経験をもとに自費出版で本を出す。名前も『われら田舎のヒロインたち』。これが各地で反響を呼ぶ。
●本がきっかけで、高知で講演をすることに。このとき、高知の農村女性と交流が始まる。この頃から、山崎洋子夫妻が女性ネットワーク作りを意識し始めるようになる。全国の農家巡りを開始。
●1992年ころ、(社)家の光文化センターの「食と農のふれあい講座」“ふれあいティーチ・イン"の企画準備に各地の元気な農村女性が集まる。彼女たちに、農村女性のネットワーク結成を山崎洋子が提案し、翌冬を目指して全国集会を開くことに。 →田舎のヒロイン全国集会
- *ここまでの話は
・山崎洋子『田舎暮らしはすてき 牛の尻から世界が見える』家の光協会、1992年。 ・山崎洋子『われら田舎のヒロインたち』おけら企画、1988年。 ・山崎洋子『田舎暮らしに夢のせて 女のネットワーク誕生物語』家の光協会、1995年。 に詳しく載っています。
●1994年3月 第1回「田舎のヒロインわくわくネットワーク」全国集会開催
(早稲田大学、ホテル海洋にて)
早稲田大学およびホテル海洋を会場にして、1泊2日で交流集会を開催。
全国から250名以上の農村女性を中心とした参加者が集まり、集会は大盛況!これを期に、各地でネットワークを結成する動きが現れ、ムーヴメントになる。
「この指とまれ」「1分間スピーチ」など。
●1996年3月27~28日 第2回「田舎のヒロインわくわくネットワーク」全国集会開催
(早稲田大学、ホテル海洋にて)
再び「全国集会をやろう!」という声に押されて、再び開催することに。
全国に実行委員を広く呼び募ることで、パワーアップした集会になる。
参加者数も増大し、400人以上が参加。
「おんなたちの夢語りコンテスト」など。
●1999年3月12~13日 第3回「田舎のヒロインわくわくネットワーク」全国集会開催
(早稲田大学、ホテル海洋にて)
誰かが「またやりたいね~」と言い出すことで、自然発生的に始まる全国集会も3回目。
若い世代のメンバーも着実に増えた集会になる。毎回使用させていただいている早稲田大学も、ピカピカの大講堂での開催。開催に先駆けて、バンド「影法師」による素敵な農業応援歌の披露あり。全体的に、しゃれた集会に様変わり?
参加者数500人以上。
「ヒロイン ハンマー・プライス」など。
●2002年3月15~16日 第4回「田舎のヒロインわくわくネットワーク」全国集会開催
(早稲田大学、ホテル海洋にて)
実行委員メンバーの若返りと、新たなネットワーク活動の模索、といった課題をしっかりと見据えた集会。当時の武部農林水産大臣、西雪印乳業社長をお迎えし、食の安全性をめぐる政治や企業の問題点を浮き彫りにした議論も行う。山崎洋子からは、この10年間を振り返った総括の話。
「森の学校」「NPO法人化」など。
●2002年3月15日 NPO法人化のための発起人集会
(ホテル海洋にて)
第4回全国集会での慌ただしいスケジュールの中、NPO法人化に向けた第一歩として、発起人集会を開く。
●2003年3月 NPO法人田舎のヒロインわくわくネットワーク設立
●現在に至る
