田舎のヒロインわくわくネットワーク

只今、やまざきようこが全国の農家(農家民泊)をまわって取材中です。

取材 ヒロインを訪ねる旅 ・・・田舎のヒロインツーリズム

取材 ヒロインを訪ねる旅 ・・・田舎のヒロインツーリズム

空気のおいしさや、澄んだ水の甘さを味わったことがありますか・・・
深々と踏んで歩く土の感触を知っていますか・・・
搾りたての牛乳の、濃厚ないのちの滴を飲んだことがありますか・・・
大人になって忘れかけてしまった当たり前のものが田舎にはたくさんあります。
大人になるときに捨ててしまった大切なものを、日常をはなれてもう一度見つめなおしてみませんか?
都会で暮らす人たちにとって田舎は命の源です。
そこにはさまざまな暮らし方があります。文化があります。
お金やものには縛られない、本当の意味での豊かな暮らしが何かを感じることができます。しかし、このままでは、人が生きていくために一番大切な水や空気やそこから生み出される大切な文化や暮らしは風前の灯です。
同じ日本の国内ですが、農林業や農山村の暮らしは都会に住む人たちにとっては、もはや異文化も同然です。けれども、田舎に住む人も都会で暮らす人も、ともに歩み寄り、協力しあい、今までの暮らしの指針をちょっと変えるだけで、それぞれの活き活きした暮らしのあり方が見えるでしょう。田舎に暮らす人たちのさまざまな生き方や暮らしのあり方を、若者たちや、企業で働く人、都市で暮らす人たちに伝え、都市と田舎をつなぎ、田舎へ足を運び、新しい暮らしの足場や可能性が広がるように、若者たちの地域での暮らしの場が成り立つように、農家民宿、農家レストラン、産直、直売、農業体験など、生きる知恵とヒントを求めて、ヒロインツーリズム、スタート!


田舎のヒロインツーリズム

★北陸から広島へ
取材 2009年6月15日~18日 
広島から瀬戸内海の島々を渡り、愛媛へ

★6月15日 朝6時30分、福井県あわら市、北陸道・金津インター出発。
電車で行こうか、車にしようか?
遠距離の車の運転は一人では自信ないなと迷っていたら、運転なら任せといてと、ヒロイン探訪の応援をかってでくれたのが相模圭子さん。農山村の現場で暮らす女性たちの取り組みや生き方に触れたいという。仕事は企画代理店の製作プロデューサー。現在は会社を辞めてフリーの身。髪を結び、背中でばっさり垂らし、黒い服がよく似合う。仕事柄か、スケジュールと時間にはこの上なく厳しい。農作業はお天気次第。予定が立たずあらゆることがそのとき次第。時間に追われっぱなしの私にはまたとない相棒のような気がする。
例年なら今頃は梅雨の季節。今年(2008)は6月半ばなのに、まだ雨の季節はやってこない。この季節、忙しいのは承知の上だが、梅雨が追いかけてくる前にできるだけ皆を訪ねたい。

★昼過ぎ 広島 東城インターにて、
池田月美さんと合流。山道を越え、上下町の池田牧場へ。
青い水玉のスカーフ、白いブラウス、笑うとえくぼがぴょこんとへこむ月美さん。日焼けした笑顔が眩しい。
坂道を登ると白黒のホルスタインが好奇心に満ち満ちて顔を出した。牛を飼い、夫婦でともに働きながら作り上げてきた池田牧場。居心地の良さについつい時間を忘れてしまう。
子供たちの体験牧場は、牛と牛乳を通して命のつながりを伝える教育の場。
ベンチに腰掛けて池田夫妻と話していると、酪農の持つ可能性の大きなことに気がつく。夫の道明さん手作りの農家民宿『遊牧民』や、世界の牛のグッズを集めたミニ博物館。加工場ではソフトクリームや生キャラメルも。
夫妻の出会いと牧場の歴史と取り組みをインタビュー。池田牧場の豊富な取り組みをどのようにまとめたらいいのかしら?

★池田月見さんの案内で、世羅町にある岡田典子さんの牧場へ。
牛乳を加工し、ジェラートやヨーグルトを製造している。
日本では珍しく乗馬体験もできる。もっと時間があったなら、久しぶりに馬に乗って軽速足で駆けてみたい。きっと気持ちがいいだろうな!
夫婦、親子分担で、それぞれの部門が独立。
この地域の観光スポットになっているおしゃれな牧場だ。いただいた温かいコーヒーをすする
と、中に浮かんだ冷たいミルクのジェラートが口の中にまろやかに広がっていく。
舌鼓を打ちながら、岡田牧場のジェラート奮戦談を伺って、次の牧場へ

★佐古牧場
月美さんの案内で、佐古牧場へ。佐古牧場は、340頭の肉牛肥育。黒牛にエサを与えて肥育し、肉牛にして出荷する。
肉牛の牛糞を堆肥にして、牛糞堆肥の製造も。和牛飼育は一貫して機械化。堆肥の袋つめも、スイッチ一つ。
以前に訪れたときは見られなかった新しい加工場 ができていて、淳子さんは、娘さんと一緒に食肉加工にも挑戦。肝っ玉かあさんここにあり!淳子さんに安内されて、牧場の裏山を登っていくと、梅園やぶどう園が開けて、梅がたわわに実り、収穫の季節を待っていた。

同じ牧場でも、牛乳を搾るための乳牛の牧場と、肉に育てるための肉牛牧場。それぞれの牧場の取り組みも異なっていて、女性たちの生き方も異なる。
夫と二人三脚・共同経営の池田牧場。夫婦それぞれ独立の岡田牧場。家族を支える、たくましい佐古牧場。3人3様、牛を飼いながら自立した女性たちのダイナミックな生き様が見えてきた。

陽も落ちてあたりが薄暗く暮れかかったころ、山道を抜けて、月美さんの案内で梶谷きよみさんの梶谷農園へ。着いたのが夕方の6時半。
梶谷農園はハーブやベビーリーフ、春の七草を栽培。ホテルやレストランへ出荷。夫満昭さんの車椅子を押し、ともに世界を旅し、種や情報を収集してきたきよみさん。先駆けて春の七草や、ハーブやベビーリーフに取り組んだパイオニア。斬新な発想と豊かなアイデアで農業を切り開いている。梶谷農園に着いたとき、夕暮れの明かりの中、玄関のまわりの花壇に植えられた楚々とした山野草の豊富さに目を見張った。

明日なら仕事が休みだから一緒に取材に行けるよと梶谷さん。
池田月美さんが愛媛の矢野洋子さんに連絡を取ってくださって、ナビゲーターは池田さんから梶谷さんへ。
このまま愛媛の八幡浜まで行こうということになった。
久井町から尾道へ。尾道から嶋波街道を渡って松山へ。
夕闇の中に浮かぶ島々とぽつぽつと灯る民家の明かり。
海に浮かぶ小さな島にも人が住んでいる。どんな暮らしだろうか。今治から大洲へ。途中、矢野洋子さんと源一郎夫妻が迎えに来てくださって先導。矢野さんの家へ着いたときにはすでに夜の9時半を過ぎていた。

★朝、目を覚ますと潮騒の響き。2階の窓を開けると目の前に広がる穏やかな海。一つ一つ石を積んだみかん山の段々畑。八幡浜の真穴(まあな)のみかんは3つの太陽に照らされて甘くておいしいんや、と源さんが言った。一つは本物の太陽。二つ目は海に映る太陽。3つ目は石垣に反射する太陽。先祖代々開拓されたみかん山の段々畑が美しい。源さんは海にもぐって、目の前の海で魚を取ってくる。
洋子さんは加工グループを作って、ジュースやママレードなどのみかん加工をやっている。ここには豊富なみかんと海と太陽と新鮮な魚があった。
みかんの出荷をしながら、みかんのオーナー制や、もぎ取り体験と民宿をセットに客を迎えることができないだろうか?みかんもぎ、炭焼き、魚釣り、巣もぐり、みかん山に登って海と山の体験ができる民宿。
矢野夫妻の夢に参加して、夜遅くまで何ができるか考えた。

夏の終わり、秋風とともに、農家民宿が誕生したという知らせを受けた。

★翌日、矢野夫妻と一緒に内子町の道の駅『からり』へ。
内子町の稲本町長さんにお会いした。

愛媛県の内子町は江戸時代から明治時代にかけて、山々のはぜのみを収穫して、木蝋で栄えた町。白壁の土蔵と古い家並みが残る美しい町。今も和ろうそくを作る家が残る。周囲の農山村は栗や柿、みかんなど果物や野菜が豊富、小さいけれど豊かな町。はじめて内子を訪れたのは多分20数年ほど前のことだと思うが、役場の職員と町の人達と一緒になって町並み保存と町おこしが始まっていた。町の人達の意識を育てるために、内子の知的農村塾が始まってしばらくたったころだった。明治時代に建てられた歌舞伎小屋の内子座を修復し、家並みを保存し、昔の町の表どうりが復元される。町を歩いていると江戸や明治の時代にタイムトリップしたような気になる。
地域の経済の活性化を求めて、農林家の人たちが出資して、おしゃれな道の駅「からり」ができた。からりには地元の農産物を使ったレストラン、パンやさん、ここへくればゆっくり自然の中に浸り、水遊びができる河原や、散策したりくつろげる空間がある。お年寄りも参加し、村の人たちの作った野菜も出荷できるように、からり経由の村内循環路線バスもある。
「老いも若きもここに住む人たちが、元気で活き活きと暮らせるような町を作るのが夢だ。
そのために町長になった」と稲本町長。
こんなあつい想いの町長を持った町の人達は幸せ!

★矢野夫妻とわかれ、内子町から松山へ
松山で柳田順子さんご夫妻に会う。
去年の秋、梶谷さんたちと、フランス・ドイツへ訪れたとき、ドイツのフランクフルトでお世話になった若いご夫妻。フランクフルトではパンやさんで修行中。この夏、帰国して松山でパンやさんを開店準備中。小麦やライ麦、ルバーブやハーブなど、安心して使える素材を探しているとのこと。ヒロインの仲間を紹介できるかな。久しぶりに懐かしい順子さんの笑顔があった。

★松山から今治、今治から嶋波街道を通って瀬戸田へ。
平山郁夫記念美術館で長畑由佳さんを待つ。
和と洋の折衷したすてきな建物の美術館。平山郁夫さんの子供のころのノートの絵が印象的。やっぱりこの島へ来たら、この美術館はのぞかなくっちゃ!
 
★長畑由佳さんの案内で高根島のみかん山、レモン園へ案内してもらう。
瀬戸田はレモンの適地。広島特産レモンの5割を占め、日本一のレモンの産地なんですって。由佳さんはレモンのこととなったら矢継ぎ早に話が弾む。由佳さんの車に乗って狭い道をみかん山のてっぺんまで上っていく。まるでジェットコースターのよう。
こわい!眼前に青い小さなみかんをつけて、足下にみかん山が広がっていた。
みかん山で由佳さんの夫、長畑耕一さんにお会いした。
「始めまして」といったら、「十数年前、東京飯田橋の家の光の『ふれあい講座』で大金さんと一緒に会いましたよ」といわれた。梶谷さんも話してみれば「ああ、知っちょる。』と。夫の満昭ときよみさんの後輩だった。小雨が振り出して島の向こうに虹がかかっていた。絶景!「こんな美しいところで仕事ができるっていいね!」というと、「たいへんよ」と由佳さんが言った。確かに大変だ。

★長畑さんに別れを告げて、瀬戸田から尾道へ。尾道から久井町へ。この日は梶谷農園に泊めていただいた。
あくる朝、農場へ出勤間際の梶谷譲君夫妻に会って、話を聞く。「お父さんが事故にあってよくなって、そのあと何をしたい?」ときいたら、「世界中をまわって、おいしいものを食べたいって」お父さんの車椅子を押して一緒に歩いていたら、自分の方が興味を持つようになった。おいしいシェフのあとには野菜農家のつながりがあるということがわかったんだ。
中学2年からカナダの学校で過ごした譲君は現在、奥さんの祐里さんといっしょに梶谷農園の中心メンバーだ。
何事にもとらわれない柔軟な考えの、広い視野の持ち主の譲君は、これから梶谷農園をどんな方向に引っ張っていくのだろうか。

★仕事で忙しい梶谷さんに別れを告げて、一路、片岡芙紗子さんのカントリーグレインを訪ねた。

若いころ、病気から一命を取り留めた芙紗子さんは食べものに心を奪われた。
いのちを維持するものは食べもの。食べものによって人は健康にもなり、病気にもなる。山の中で小麦を作り、夫と一緒に天然酵母のパンやさんを始めた。やがてレストランも。
種は次の世代を生み出すいのち。条件さえ与えれば芽を出す。いのちを生み出す力を持っている。玄米や麦、穀物の種の力を活かして命ある食べものをいただく。命ある限り、芙紗子さんの挑戦葉続く。人生の壁にぶつかったときに、訪ねてみたいカントリーグレインだ。

発芽玄米の昼食をご馳走になって、片岡さんを辞し、呉方面、仁方へ向かう。
途中随分道を間違えた。反対方面へ走り、気がついて逆戻り。以前、大崎下島へ行くときは尾道からフェリーだった。ところが嶋波街道ができて、フェリーがなくなって橋を渡って訪ねることが出来るようになったが、橋は随分遠回り。 

★仁方から安芸灘大橋を渡って大崎下島の浜本幸代&幸雄夫妻を訪ねる。
フェリーがなくなったおかげで隣の島のみかん山へ行くことができなくなって、みかん山の手入れができなくなったと浜本さんの嘆き。浜本農園のみかん山は隣の島にあるのだという。フェリーで行けば朝、お弁当を持って島のみかん山へ行って、夕方帰ってくれば十分に仕事ができる。ところが車だと随分時間がかかる。すぐ目の前に島の畠が見えるのに・・・。
浜本さんご夫妻は83歳。今尚現役。みかん初め、さまざまなかんきつ類を作っている。きよみオレンジ、ケラジ、でこポン、はるか、レモン、この島で生まれ、この島で生き、さまざまなみかんの品種を作り、改良を重ね、豊富な知識と、たくさんの知恵を私たちや若者たちに授けてくださる。こういう方がいらっしゃるだけで日本の大きな宝物だという気がする。ご夫妻がお元気な限り、若者たちにその豊かな知恵と生きる力に触れて欲しいと思う。
大崎下島は北前舟の風待ち。汐待ちの島。大阪から荷を積んだ船が瀬戸内海を航行するときにこの島で、風や汐の流れを待ちながらぐるりと回って日本海へ出て北海道へ向かい、米や大豆や荷を降ろして、昆布や海産物を運んでくる。この島の御手洗町には、かって坂本竜馬や木戸考允が五箇条のご誓文を草案したという金子亭が今尚残っている。明治維新の歴史の島だった。
ここへくると明治の時代にすっぽりはま利込んだように、昔ながらの町のたたずまいが残っていて、人々はここで生活をしているのだった。瀬戸内海の島々は歴史の秘密がいっぱい。
昔、鉄道や車のない時代、人々は籠や馬や徒歩で山道を旅したり、船で岬や半島や島々を訪ねたのだった。今尚、島や山の中の町や村にかっての時代がそっくり残っているところがあってびっくりすることがある。21世紀の宝物だ。
浜本さんご夫妻は、この島に住む万徳さんや、小林さん、寺岡さんたちとなごやかグループという加工グループを作って、「おちょろもなか」やレモンピール、みかん丸ごとジャムやキウイジャムなどの特産品を作り、島のみやげ物の開発に挑戦中。みかんやレモン、オレンジなどかんきつ類の詰め合わせセットも。歴史の島へぜひ、お訪ねくださいな。
みかんをもいだり、山の下草を刈ったり、汗を流して島のおじいちゃんやおばあちゃんを手伝って生きる知恵やヒントに触れてみませんか?若者たちより若々しい大人たちの暮らす島。島は日本の縮図です。
話を伺いながら、お餅やお稲荷さんや島のご馳走をいただいてあっという間に夜。浜本後夫妻や和やかグループのお母さんたちに別れを告げて、島とお別れ!
来た道をぐるぐる戻って、橋を探して次の橋を探してわたって、長い長い道のりだった。目の前に島影が見えるのに、隣の島が遠い。
夜どうし、山陽道を走って、名神高速道から北陸道へ。
 
★朝焼けが空を染めるころ、眠い目をこすりながら家に着いたら、夫がもっと眠い目をこすりながらジャージー牛のホーリーの搾乳を始めるところだった。
おはよう!


2009.6月15日
13時ごろ池田牧場 酪農・ファームイン、ソフトクリーム
香奈ちゃん結婚で家族で酪農
15時ごろ 岡田牧場 岡田典子さん、ジェラート、英語教師ご主人 酪農、乗馬、息子さん帰省で新規にヨーグルト製造販売
16時30分ごろ 佐古牧場 佐古順子さん 肉牛肥育、堆肥製造販売、
             食肉加工、娘さんと、果樹園、ブドウ、梅
             ご主人病気で失明され、生体療法士に
18時00ごろ 梶谷農園へ 梶谷さんと合流、月美さんと梶谷さんと話し合い、連絡を取って急遽、愛媛の矢野さん宅へ
梶谷さん合流
18時30分発  梶谷さん運転で広島・尾道から嶋波街道を渡って愛媛へ。
9時00分 宇和島入り口で待ち合わせ、矢野夫妻誘導で八幡浜へ。
22時ごろ 八幡浜、真網名の矢野さん宅へ 
01時まで矢野洋子&源一郎夫妻と話し合い。
6月16日
7時~10時 矢野さん夫妻案内でみかん山見学、加工場にてみかん万寿etc.
10時~ 内子町道の駅。からりへ。
11時30分~12時30分 内子町・稲本町長と話し合い、昼食をご馳走になる、矢野夫妻、梶谷、船山、山崎の5名
13時~松山にて、柳田順子さんご夫妻と。去年ドイツで通訳などでお世になったご夫婦。帰国してパンやさんの開店準備
14時~嶋波街道を渡って、瀬戸田で降りて、平山郁夫美術館の前で
長畑由佳さんと合流。美術館見学をして、レモン園、みかん畑へ、ものす
ごい山道。ジェットコースターのよう。ご主人に山で会い、初めましてと
言ったら、ヒロイン集会を始めるころに大金さんの紹介でお会いしてい
た!梶谷さんも知り合い。後輩だった!あってみないとわからない。

18時広島へ向かう。途中。梶谷さんのご馳走で空港ホテルで食事。
21時30分 梶谷さん宅にて泊めていただく。

6月17日 梶谷農園
8時~10時 譲君より話を聞く。ビデオ収録。ハウス写真。
11時~14時 カントリー・グレイン、片岡芙沙子さんのパン&レストランにて写真、ビデオ撮り、昼食に発芽玄米のおむすびの定食をいただく。
14時ごろカントリーグレインを辞して
呉方面~仁方~安芸灘大橋へ~大崎下島へ向かう。フェリーがなくなって、
橋ができたが隣の島々へ行くのが、まったく不便になってしまった。瀬戸
田から目の前に島が見えるのに山口の近くまで行かなければ橋がない。
みかんの作付けが隣の山にあるのでフェリーがなくなって畑へ行けなくな
ったと、浜本さんのおじいちゃんはおっしゃる。ナビは道のない海の上を
走る。
18時 やっと大崎下島の浜本さん宅へ到着。近所の方々が3人来てくださ
って、夕食のいなりずしやお餅をご馳走になる。泊まっていくようにとの
ことで船山さんと相談。去りがたく、朝走るよりも、夜の方が車が少ない
とのことで、20時に失礼する。
友廣君が来て、風邪で熱を出し。看護。重湯やタオルで頭を冷やしたり、大変だったとのこと。若者が来るときは、誰か、引率者をとのこと。病気になったらお医者までが大変とのこと。島にはお医者がいないのだろうか?病気のときはどうなさるのだろうか?聞きそびれてしまった。
        
20時 お礼を言って帰路に着く。島から島へ、夜の島の道は全くわからな
い。橋は島の山から山へ。橋までの道を探すのが大変。
あわてて、ちょっと接触事故あり。車道中要注意!
途中、運転交代、広島から滋賀、福井まで一路帰宅へ
6月18日am4時30分 金津インター着


*北海道編と山形編はまた後日アップいたします!

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